「あなたが一番の良薬よ」と言われた瞬間
上原 歩美さん
病気と向き合えばいいと思っていた。
でも、生き方と向き合うと、そこに笑顔があった
「先が短いのに、何で薬を飲まなければいけないの?」
80代後半、ガンを患って自宅でターミナルケアをしている患者様からそう言われたとき、返す言葉がありませんでした。
患者様のお宅で看護ケアをする。それが訪問看護師である私の仕事です。病院のベッドではなく、住み慣れた自宅で過ごしたいという患者様の願いを叶えるため、担当である江東区・墨田区エリアのお宅を巡回し、投薬や点滴、バイタルチェックなどをしています。
その方は、最初にお会いしたときから、なかなかこちらの言うことを聞いてくれませんでした。病院で処方されている薬を飲んでいただくことも看護師の仕事。思い通りにいかないことに自信をなくしそうでした。それでも、訪問を繰り返すうちに関係性ができてきたという手ごたえは感じていて「次こそ薬を飲んでいただくように促そう!」と奮闘していました。
その日も「薬を飲みたくない」の一点張り。困ったな・・・と思っていると、その患者様はやさしく微笑んで、こうおっしゃってくれたんです。
「私にとっては、飲み薬よりも、あなたが来てくれることが一番の薬なのよ」
看護師としてはもちろん、私という人間を求めてくれていた・・・。患者様の前なのに、涙を流してしまいそうでした。
看護師ができることは、医療行為だけじゃない。目と目を合わせて会話をして、心を通わせる。患者様はそれを、ときには治療よりも求めているということを、改めて教えられた出来事でした。
「退院後はどうするの?」
自分の目で確かめたかった
大学の看護学部を卒業後、最初は大学病院に勤務しました。ドクターをはじめとしたチームで、さまざまな病名と格闘し、治療方法を考える。技術や知識を身につけて、看護師として同僚よりも秀でていたいと考えていた私は、患者様というよりも、病名ばかり見ていたような時期もありました。
しかし、日々患者様の入院・退院を迎えてはお見送りするなかで、若干の違和感を覚え始めたんです。
「あんなにたくさん管をつけていた患者さん、退院したけど大丈夫だったのかな・・・?? 自宅でどんなふうに過ごしているんだろう・・・?」
気になっても、病棟にいたのでは、その後を知る術がありません。退院後の看護ケアを担う訪問看護の世界を見てみたいと思い、転職を決意しました。
実際に働き始めて感じたこと。それは、病院で働く看護師は、患者様の病気と向き合うのが使命。一方、訪問看護師は、患者様の生き方と向き合うことが求められます。自宅でどのような生活を送りたいのか、ターミナルの方なら、どんな余生を過ごしたいのか。その気持ちに寄り添って看護をする大切さを、今も一つひとつ学んでいます。
私は向かう。雨の日も、風の日も。
人が好きだから
風の日も雨の日も、真夏の太陽の下でも、自転車をこいで患者様の自宅を目指します。患者様と自宅で1対1になるので、自分で看護の判断をしなればいけないことも多いですし、オフの日に友達と遊んでいても、緊急連絡用のPHSが鳴ると、急いで駆けつけることも。けっして楽な仕事ではありません。
それでも、不思議なほど毎日が楽しいし、患者様の自宅のドアを開けた瞬間、笑顔になっている自分がいます。
天気が悪い日の訪問はとくに「こんな日にありがとうね」と患者様が労ってくれます。私の着ていたびしょびしょのレインコートを、こたつで温めてくださった方もいました。そんなやさしさに、むしろ私の方が癒やされています。
「看護師さんは大変だね」とか「どうしてそこまでがんばるの?」と言われることもあるけれど、それでも毎日仕事を楽しいと感じられるのは、きっと人が好きだから。だからこそ、今日も次の訪問先へ笑顔で向かうことができるんです。
インタビュー 伊藤 紘子 / 撮影 桜坂 卓也
訪問看護師
上原 歩美さん
静岡県出身。
山梨県立大学看護学部卒業。
北里大学病院消化器内科外科勤務後、銀座のクリニックを経て、訪問介護師として活躍中。