ストイックなスタッフと仕事をやりきった瞬間
ヘアメイク
太田 絢子さん
「やってもいいですか?」という突然のオーダー
あるアーティストのPV撮影の現場にヘアメイクとして入ったときです。監督が突然、「僕、この水槽に俳優さんの顔を突っ込みたいんですけど、やってもいいですか? 無理ならいいですけど」って言い出しました。
現場に鯉が泳ぐ水槽があったんです。
その日はまだ撮影予定のカットが残っていて、日没までのタイムリミットを考えて、髪を乾かしたり、セットしたりする時間を考慮すると、正直「え!(笑)できるかな?」という感じでした。
でも私の解答は「やるならやりましょう」。その監督とは長い付き合いで、この人は無茶なオーダーをする人と知っていたので、心構えはできていました。俳優さんも快くOKしてくれて、現場はスタッフが一丸となって作品をよくしようという雰囲気に包まれました。その監督は無茶はするけれど、できあがった作品はすごくいい。「ああ、あそこで無茶してよかったんだ」と思えるものを残してくれます。私も監督の無茶ぶりには「よし、来たな」という感じで熱が入ります。職人気質なので、そういうストイックな現場に入って作品を作り上げていくことが楽しいんですよね。
アートを学校で習うという違和感
ファッションやデザイン、芸術などに興味があり、高校卒業後の進路を考えたときに、芸術系の学校という選択肢もあったのですが、クリエーターには芸術系の学校出身が多いので、実際自分がクリエーターになった際にその人達との差別化をしたいという考えがありました。当時知り合いのデザイナーさんから「大学に行って、知識を増やしてから専門学校に行ってもいいんじゃない?」ってアドバイスを受けて、だったら芸術の本質は真理の追究だと思って大学の哲学科に入りました。
大学に進学してからビル清掃のアルバイトを始めました。するとそこにヘアメイクのアシスタントをやっている方がいたんです。ちょうどヘアメイクも進路の選択肢にあがっていたところでの出会い。そして大学4年になり進路に迷って、その方に相談したら、スクールを紹介してもらえることになって、それが業界への第一歩になりました。
大学を卒業してスクールに通い始め、4ヵ月経った頃に師匠に出会い、それから3年間アシスタント活動です。アシスタント時代は収入が安定しないので、引き続きビル清掃のアルバイトをしていました。ゴンドラに乗って窓を拭いていましたよ。あとはキャバクラのヘアセットのアルバイトもやりましたね。キャバクラに行って10人くらいまとめてヘアを作ったことも。
苦手なことや欠点を克服するのが好き
アシスタント時代に師匠からよく「太田はヘアメイクになるタイプの人間とは別のタイプ。なんとかしないとこの業界に受け入れられないと思うよ」って言われたんです。当時は言われていることがわからず、きょとんとしていたんですけど(笑)、独立してから「本当だ!」って思いましたね。
ヘアメイクっていい意味で広く浅く付き合っていける能力が必要なんです。学校とかで目立つグループにいるような感じというか。私はどちらかというと自分の世界まっしぐら系でした。どちらかというと、狭く深くみたいな(笑)。そこは直すよう努めましたね。
そういう自分の変化も楽しいです。もともと苦手なことや欠点を克服するのが好きなんです。中学時代は球技と団体が苦手だったので、「バレー部に入る!」みたいな子でした(笑)。
広がっていくつながり、新しい出会い
この仕事はとにかくいろんな方に会えるのが魅力です。普通に暮らしていたら話すことがないような全然違うタイプの人と仲よくなることもあります。アーティストで飲み友達になった子もいますしね。そういう縁は大切にしています。
もちろん、へこむこともあります。そんなときはお酒を飲んで楽観的になります。気持ちの切り替えって大事だなと思いますね。じゃないとフリーランスの不安定な状況に潰されちゃう(笑)。
今年でなんやかんやで9年目になりました。継続は力なり。技術もそうですけど、人間的にも成長はしてきてはいると思うので、やってきてよかったなと思います。何より好きなことを仕事にできていることは幸せなことだなと感じています。「好きじゃないとやってられん!」って思うこともありますけど(笑)。
インタビュー トグチダ / 撮影 北原千恵美
ヘアメイク
太田 絢子さん
高校時代からデザインやファッショに興味があったが、専門学校には行かず、芸術の本質を学ぶために大学の哲学科に進学。やがてヘアメイクに興味を持つようになる。アルバイト先でヘアメイクのアシスタントに出会い、スクールを紹介してもらう。その後、アシスタントとして3年間従事し、独立。雑誌、ファッションショー、PVなど幅広いジャンルで活躍中。