「ウチの夫、ここのパンは食べるのよね」と言われる瞬間
Boulangerie BASSE
松永 健太さん
クタクタに疲れても
一日一日が充実している
毎日だいたい朝5時半に起きて、7時には店で生地づくりなどの仕込みを始めます。スタッフは僕とアルバイトのふたり体制。お昼から夕方までは「焼き」の作業が続くので、閉店時間まで休む暇がないときも多いですね。1日が終わるとクタクタですが、充実感はあります。
味に飽きが来ないように、ちょっとした驚きがあるように。素材の組み合わせにはこだわっています。パンの味をストレートに褒められるのもうれしいですが、「パン好きじゃなかった夫が、なぜかここのパンだけは食べるのよね」「最近、ウチの子がパン好きになっちゃって」と言われたりするときはぐっと来ますね。
「パンは粉とオーブンさえあれば焼けるんだ」と思った
じつは、数年前までバンド活動ひと筋だったんです。まさか自分がパン屋さんを開いて、毎日パン生地をこねることになるなんて、予想もしていませんでした。
この道に入ったきっかけは、振り返ってみると2011年の東日本大震災。叔父と叔母が近くで昔ながらのパン屋さんをやっていたんですが、震災直後にコンビニからパンが消えたせいで、商品が飛ぶように売れたんです。
そのとき、僕がたまたまお店を手伝っていたんですが、もう、勢いがすごかった。「パンは粉とオーブンさえあれば焼けるんだ」と気づいた瞬間でもありました。
それを機に、音楽を続けながらお店で定期的に手伝い始めたんです。店に出ながら、生地づくりを見よう見まねで学ぶうちに「パンづくりって面白いなあ」と思うようになりました。1年が過ぎた頃、自分でも店をやってみたいという気持ちが少しずつ芽生えてきて。それで一念発起して、別の店で師匠についてみっちり修行したんです。
もともとカフェやライブハウスで働いていた経験があって、接客の点ではそんなに不安はなかったので「よし、思い切ってやってみよう」と。半年くらいの準備期間を経て、2013年にお店をオープンしました。
いつのまにか、パン作りが人生の一部になっていた
ただ、開店したあとに「やっぱり店を開くには2、3年の修行は必要だ」と実感しましたね。パンの生地づくりにおいて、一番ものをいうのは、経験なんです。
例えば、湿度や温度はその日によって違うので、少しずつ工程や水の温度、発酵時間を変えないといけない。そこは、どうしても微妙な判断が必要になるので、知識だけがあってもダメなんです。
僕は結局、毎日「ああでもない、こうでもない」とうんうん苦しみながら、必死で体で覚えました。
レシピを増やすのにも、結構時間をかけました。僕のやり方は単純といえば単純です。まず、足を使っていろんなパン屋を回って、とにかくたくさん食べ歩く。それで「これはおいしいな」と思ったパンをお手本に、自分が使っている粉と具材で、似たものを作ってみるんです。
僕はつい音楽に例えたくなるんですが、これって「アマチュアバンドが好きなバンドのコピー演奏から始める」のと同じなんですよね(笑)。オリジナルをつくりたかったら、まずコピーから始めようと。
もちろんそれだけだとただの真似事にすぎないので「この素材をこうすれば、もっとおいしくなるんじゃないかな」と自分なりに何度も工夫を重ねていって、オリジナル商品を増やしていった。
今、人気商品になっている「くるみこしあんクリームチーズ」は、そうやってつくり上げたレシピのひとつです。
オープンしてじきに3年ですが、徐々に軌道に乗ってきてはいます。今はパンを焼くかたわら、合間を見つけて、バンドのリハーサルやライブ活動に行く日々です。
肉体的には大変ですが、互いにいい影響を与え合ってwいると思うので、どちらもずっと続けていきたい。当初は「音楽以外で何か手に職を」という気持ちでこの道を選んだ部分もあったんですが、いつのまにかパン作りが自分の人生の一部になっている。この仕事を辞めることは、もはや考えられないですね。
インタビュー 福島 奈美子 / 撮影 廣瀬 育子
Boulangerie BASSE
店長
松永 健太さん
Boulangerie BASSE店長。東京都葛飾区出身。理系の大学を卒業したのちに、ライブハウスなどで働きながら、バンドでの音楽活動を続ける。2011年、叔父と叔母が経営する店を手伝ったのがきっかけで、パン職人の道へ。2013年に江戸川区小岩に店をオープン。パンと音楽をこよなく愛する29歳。
「Boulangerie BASSE (ブーランジェリー・バース)」
住所:東京都江戸川区南小岩6-31-27
電話:03-3658-2244
営業時間: 11:00~20:00
定休日:木曜