「行ってきます」と言う利用者の表情が明るくなった瞬間
母子支援員
広部 彩さん
一歩ずつ進む姿に胸が熱くなる
入所している母親が朝の外出の際に、晴れ晴れとした顔で「行ってきます」と事務所の前を通るときがあるんです。なんでもない日常のなかでふと訪れるそんな瞬間は、思わず目を奪われます。
私はさまざまな問題を抱えた母親と子どもが一時的に生活し、自立を支援する施設で働いています。DV被害や虐待、精神障害や経済的困窮など、家庭によって多種多様の問題を持っているので、日々の相談や定期面談のなかで一緒に解決策を見つけ、役所や児童相談所、学校や保育園などの関係機関と連携を図りながら、自立への道をサポートしています。
入所される方々は私たち職員が想像できないくらい辛い状況に立たされていることが多いです。最初は喪失感や不安など、負の感情から「これからどうやって生きていけばいいのだろうか」と暗い気持ちになってしまっていて、前向きに歩き出すのは簡単なことではありません。日常生活がまともにできなかったり、フラッシュバックに苛まれたり。それでも生活を送るなかでひとつずつ問題を解決していき、ふと明るい顔を覗かせたときは「一歩ずつ前に進んでいるんだ」と胸が熱くなります。
子どものおかげで施設が明るくなる
私の勤めている施設は児童福祉施設のひとつで、子どものケアが根本的な役割です。過ごしてきた家庭環境にもよりますが、問題を抱えてしまっている子もいます。人とうまく話せなかったり、集団行動が苦手だったり。完全な回復となるとなかなか難しく、場面に応じた自分なりの対処法を子どもたちに学んでもらうようアプローチをします。同時に母親にも理解してもらい、周りもサポートしていかなくてはいけません。
明るく元気な子が多いですが、虐待やさまざまな辛い経験を経て子どもらしさを失っている子もいます。そんな子が日々の遊びやキャンプ、バーベキューなどの際に素直に笑う顔を見ると、うれしくなります。笑顔を振りまいてくれる子どもたちのおかげで、施設全体が明るくなり、お母さんにとっても私たち職員にとってもよい環境ができます。
チームで支え合うことが大切
この仕事を始めたきっかけのひとつに、ひとりでバックパックを背負って行った世界一周旅行があります。ヒッチハイクをしたり野宿をしたりと結構ハードな旅だったんです(笑)。
結局、無事に帰って来れたんですけど、そこには見返りを求めない助けがありました。危機になるといつも誰かが助けてくれたんです。人の温かさにすごく救われました。それで、私も見返りを求めないで人が前を向ける手伝いをしたいと思ったんです。その想いが今の仕事につながっています。
この仕事は職員が一丸となって支え合うことが重要です。ひとりで悩みを抱えると落ち込んじゃうこともあるので、励まし合い、尊重し合い、認め合う。これは利用者にとってもいい影響があります。人を大切にすることの見本になるんです。利用者もいつかは自立して世の中に出ていきます。そのとき、利用者にとって仲間の理解と支援は不可欠です。
自分・家族・周りを大事にすることを職員から感じとってもらいたい。だから旅で感じた人の温かさを思い出しながら、チームワークを大切にしています。利用者にも伝わってくれればいいなと思います。
利用者の背中に感じる不安と期待
利用者もやがては退所の日がやってきます。不安と期待を背負った利用者を送り出すときは「新しい人生が始まるんだ」と感慨深いものがあります。「今までありがとうございました」と言われたときに、泣き顔や笑顔、そして彼女たちが抱えた沢山の感情、いろんな思い出が走馬灯のように浮んで、涙が止まらなかったことも。
退所していく利用者には自信を持って生きていってほしい。そして何かあったらいつでも会いに来て欲しいと思っています。そして、幸せになって欲しい。そう強く思っています。
今後は養子縁組に関する仕事を始めようと思っています。家族の形は血のつながりだけではないと思うんです。私は、子どもには愛されて育って欲しいという強い想いがあります。そのひとつのアプローチとして養子縁組を支援していきたい。これからもっと経験を積みながら新しいことにもチャレンジしていきたいです。
インタビュー トグチダ / 撮影 北原千恵美
母子支援員
広部 彩さん
大学1年のときに旅を始め、現在までに80カ国を訪れる。旅の経験から「人が前を向ける手伝い」をしたいと思うようになる。また飲食のアルバイトでリーダーとなり職場環境のマネジメントを経験。
大学卒業後、不動産関係の会社に入社するも2年で退職。学生時代の経験から人の生活をサポートしたいと考え、児童福祉関係の専門学校に通い、社会福祉士の資格を取得。在学時の経験などから児童問題の背景にある家族支援に興味を持ち、卒業後に母子支援員になる。今後は養子縁組に関する活動を開始予定。