自分が作った本を「仕事のバイブルです」と見せられた瞬間
有限会社たまご社 代表取締役
松成容子さん
チーズやパン以上に、そこで働く人に惚れて
突っ込んで知りたくなるタイプです。今まで手がけたものはチーズやパンの本が多いですね。お店や作り手さんを取材していて、最初はチーズにしてもパンにしても、カタカナ用語が溢れていて、話についていけなくて困りました。わからないから一生懸命おうかがいする、そうすると先方は「この人、チーズ(あるいはパン)が好きなんだなぁ……!」と一生懸命説明してくれる(笑)。そのうちどんどん話が難しくなるので、「これじゃ普通の人はわからないんじゃない?!」と、入門ガイドのような本を作りました。
でも、そうまでして私が理解したかったのは、作り手さんたちの「本気さ」かも。つまり、チーズやパンも好きだけど、そこで働く人そのものに、もっともっと惚れてしまう(笑)。
かっこいい食も、毎日の食も、
どちらも捨てがたい。
「たまご社」は、食を専門とする編集プロダクションとして1992年にスタートしました。スタッフは、私と事務のパートさん。特定分野の深い知識が必要な書籍が多いので、内容に応じて外部の専門家とチームを組んで制作しています。チーズもパンも日本固有の食文化ではありませんが、作られてきた土地ならではの動植物、気候風土、文化・歴史や住民の知恵、さらに偶然も加わって作り出されるストーリーの面白さは、日本人にもちゃんと伝わるものだと思います。
しかし私自身はというと、その素晴らしさを文章にしながらも、締め切り前の食事はレンジでチン(笑)!「いったい自分は何をしているのだろう……」と苦しくなったのが、食育NPOを始めたきっかけです。今では食に関して同じ悩みを持つお母さんお父さんが、親子で「食にまつわる体験」をすることを通して、自分たちの食を考え直すお手伝いをしています。
かっこいい食も、毎日の食も、どちらも大事で捨てがたい――
この両方に関わっている絶妙なバランスが、「ワタシらしさ」かな(笑)。
華やかさよりも「町工場」を選んだ30代の決断
大学時代に食物学を専攻しましたが、書くことが得意だったのでライターという仕事を選びました。時代はバブル期、Hanakoに代表されるような女性誌などでがむしゃらに働きました。華やかなイメージはありますが、読んだらすぐに捨てられる原稿を量産するむなしさに悩みました。
決意したのが30代後半。そのとき「町工場になろう!」と考えました。「町工場」ってヘンでしょ(笑)、でも、全国の顔が見えない読者を追う意味がわからなくなって、目の前の人のために書こうと思ったんです。当時はまだ子どもが小さく、面倒を見てくれる家族も近くにいませんでした。たまたま買い物に行った惣菜・デリのお店で、店員さんがポケットから使い込んだ私のチーズ本を出して、「仕事のバイブルです」と見せてくださったときは感激しました。
集まって、食に触れて、「おいしいね」を
わかち合う、そんな場所を作りたい
将来の夢は、日本に『食の館(やかた)』を作ること。フランスのパリの「Maison des Cinq Sens(五感の家)」という施設に行ったことがあるのですが(注:2015年現在、閉鎖されています)、そこでは食を中心に嗅覚、触覚などの五感の大切さを実感させてくれました。
食べるって、生きること。だから正解もないけれど、集まって、食に触れて、「おいしいね」をわかち合って、「しっかり食べよう(=生きよう)」というメッセージを次の世代に伝えたい、と思っています。実はもう、空き家を探しているところ。遠い将来なんて言ってるとおばあちゃんになっちゃうから・・・!
インタビュー Minachi Emi / 撮影 Yohei Kurihara
有限会社たまご社 代表取締役
NPO法人食育研究会Mogu Mogu代表理事
松成容子さん
岡山県出身、有限会社たまご社代表。大学では食物学を専攻したが在学中に大病を患い、「後世に残るものを」とライターになる。パン業界・チーズ業界にどっぷりはまるが、締め切りに追われて自分や家族の食が疎かになるというジレンマから、新たにNPO法人を立ち上げて食育活動を行っている。親子料理教室や食に関する講演会多数。著作に『子育てハッピーアドバイス 笑顔いっぱい食育の巻』(1万年堂出版)など。